憂鬱

ロックバンド、小説、日常などについて、脈絡なく

【前編】未成年卒業にあてて【未完】

  成人式に行ってきた。正直、ずっと成人式には行きたくなかった。ぼくにとって中学校という環境は本当につまらない地獄みたいなところで、成人式で再会することになる人たちは、言ってしまえばその地獄を構成していた人たちだから。

 

  たぶんぼくの数少ない友人たちは、「成人式コワイ。成人式イキタクナイ」って耳にたこができるくらい聞かされていたと思う。それでも僕の友人は基本的にカウンセラーみたいなやさしい人間ばかりだから、みんな、「こわいね〜。大丈夫だよ〜」ってぼくのことをあやしてくれていた。しかしこの間、ひとりのやつが、「なにをそんなにこわがってるの?」って、本質をつくようなことを言ってきたのだ。ぼくは本質をつかれるとアレルギー反応が出るので、その時は暴れて誤魔化したのだが、確かに、おれは何をこんなにこわがっているのかと。考えてみたらこわがる事なんて何ひとつないのだ。

 

  高校に入ってからは小さいながらもしっかりと友人関係を構築して、中学校の人間でもちょくちょく連絡をくれるやつはいて。幸せなのだ。こんなだめ人間にはもったいない程、まわりの人間に恵まれていると思う。それを今更、同じ時期に同じ地区で生まれた人間と再会するくらいで、なにかが揺らぐだろうか。恥ずかしい話だから本当はしたくないのだけれど、あんなにみんなの前で、「成人式行きたくない!!」って駄々をこねてた手前、成人式まじだりーっすわみたいなポーズをとっていたが、結構落ち着いた気持ちで参加できた。最後まで駄々こねてごめん。あれは演技です。まじではずい。あたしってほんといやだ。

 

  実際、成人式で会ったなかに、地獄の構成員みたいな意地悪な人間はひとりもいなかった。意外にも、「ソウくん一緒に写真撮ろうよ〜」などと言ってくれる人さえいた。うれしい。しかし中坊のぼくにとって中学校は本当に地獄で、ぼくは毎日泣きそうな気持ちで家を出ていた。毎日学校に行く前にぼくが吐いていた、「学校行きたくない学校行きたくない学校行きたくない」という呪詛でうちの母親はノイローゼになったし。かわいそう。ごめんなさい。謝ってばかり。

 

  何が言いたいのかという話なんだが、ぼくはちょっとぞっとしたのだ。中学校がだいきらいだった数年前の自分の気持ちを理解できないことに。ぼくが精神的に成長したって、まわりの人間に救われたっていうだけでも済ませられる話かもしれないが、それではあんまりにあのちっぽけな少年がかわいそうじゃないかと。あいつのために何かできるのっておれだけじゃないですか。

 

  みなさん卒業文集って書いただろうか。中学生の自分ってどんなこと考えていたのだろうと、それを引っ張り出してきて読み返してみたのだ。そうしたら、小学校の文集を読み返して過去の前向きな自分にひたすら打ちのめされるという内容だった。つらい。今読んでも心にダメージを負うような、我ながらいい文章だった。その文章が、「こんな後ろ向きな文章を書いてしまうような中学校生活を送ってしまったので、高校卒業時には前向きな文章が書ける人間になっていたい」と締められていて、「ああ、高校卒業時のわたしはさぼってしまったから、今わたしが前向きな文章を書かなくては」と思わされた。これがぼくにできる過去の自分の救済だと。それでこれを今書いているというわけだ。いや、当時は文集なんて何のためにつくるんだよと思っていたけれど、大事なんだね、その時々の自分の思いを文章で残しておくのって。そう思いました。

 

  それではここから今の自分の考えとか、どのようにして中学校時代から考え方が変わってきたのかとか書いていきたいのだが、行き着くところが今のこのどうしようもない、くだまいてるだめ人間だというのが、本当に、ポジティブな文章にする自信がなくなってきた。中学校の時となんら変わらない後ろ向きなものが生まれてしまったら申し訳ないな。できるだけがんばりたい。